宗教上の対立で今も争いが絶えないイスラエルとパレスチナの大学生が9日、糸満市の平和祈念資料館を訪れ、沖縄戦体験者の話を聞きました。 平和祈念資料館を訪れたのは日本の大学生との合同会議に参加しているイス…
65年前のきょう、戦後初の新聞が復活。収容所で新聞を待ちわびる人々に新しい新聞は何を伝えたのでしょうか。 岡田輝夫さん「米軍のほうからの要請があって収容所内での新聞が作られると」 琉球新報社にある「新…
「オキナワ1945~島は戦場だった」約2ヶ月間にわたり繰り広げられた特攻機による「菊水作戦」では、約3000人の若い命が散りました。この作戦を遂行する上で、沖縄地方の天気は重要な情報でした。戦時中の気…
沖縄気象台が観測を始めてから7月1日で120年。那覇市では1日記念式典が開催されました。 沖縄気象台は120年前の1890年7月1日、現在の那覇市松山に「沖縄県立那覇二等測候所」として、一日6回の気象…
戦争の記憶を後世に引き継ごうと戦争を描いたラジオドラマに歌やダンス自分たちの表現を取り入れ、あらたな舞台を作り上げようとしている若者たちを取材しました。 65年前の沖縄戦で学徒隊として動員された鉄血勤…
2009年度、沖縄本島で収集された沖縄戦で亡くなった人達の遺骨の納骨式が29日に糸満市摩文仁の国立戦没者墓苑で行われました。納骨式には県や5市町村の関係者らが参列しました。 式では、厚生労働省社会援護…
千葉県の国立歴史民俗博物館が新たに展示する沖縄戦の集団自決の展示パネルから日本軍の関与を示す記述を削除していた問題で、県内の市民グループが記述の改善を求める声明文を出しました。 声明では「悲惨な体験を…
二度と戦争を起こさせまいと沖縄戦を記録フィルムを通していまに伝える1フィート運動の会の総会が8日夜、那覇市で開かれました。 総会は1フィート運動の会が結成して26年、そしてNPO法人格を取得して1年に…
2年前の教科書検定で沖縄戦での集団自決の記述が書き換えられた問題で、記述の回復を求める集会が29日那覇市で開かれました。この集会は老人クラブ連合会やPTA連合会などが呼びかけたもので、渡嘉敷島の集団自…
戦後64年、終戦記念日8月15日、糸満市の摩文仁では祈りと平和の集いが開かれました。この集いは県内で活動する宗教団体が宗派を超えて平和への思いを一つにしようと、毎年、終戦記念日に開いているものです。 …
県内の小中学生と高校生が戦争と平和について詩や作文、絵などで表現したメッセージ展が10日から県庁で開かれています。 「児童・生徒の平和メッセージ展」は、県内の小中学生と高校生が沖縄戦を通して戦争と平和…
日本で唯一住民を巻き込んだ激しい地上戦が繰り広げられた沖縄戦から64年。沖縄は23日慰霊の日を迎えています。県内各地では朝早くから祈りを捧げる人の姿が見られます。 戦後、丘や森に残された遺骨を集めて供…
6月23日の慰霊の日を前に、糸満市の小中学校の児童・生徒が平和学習などで学んだことを発表するフォーラムが11日に平和祈念資料館で開かれました。 このフォーラムは沖縄戦当時の激戦地・糸満市の児童・生徒た…
今から65年前の沖縄戦前夜、アメリカ軍の攻撃をうけ沈没した学童疎開船、「対馬丸」の犠牲者の為に3日、子ども達がシーサーを製作しました。那覇市壺屋小学校で自らの体験を語った生存者の上原清さんは「今も海に…
旧暦3月の清明にあわせ、沖縄戦で亡くなったすべての人々に宗教や国の別なくお供えをし、祈りを捧げようという清明祭が11日に糸満市で行われました。 糸満市摩文仁の平和祈念堂で開かれた清明祭は、礎に刻銘され…