石川文洋さん「軍隊というのは命令組織ですから、あの村をやれと言われたら徹底的にやる。女性も子どもも敵なんですよ。」
こう語るのは那覇市出身の報道カメラマン石川文洋さんです。石川さんはベトナム戦争が激しさを増した1965年から当時のサイゴン、現在のホーチミン市に滞在し、アメリカ軍の主要戦闘部隊やサイゴン政府軍に同行取材しました。
石川文洋さん「私たちはカメラマンですから、リアルタイムで今、ベトナムでこういうことが起こっていると伝えるのが仕事ですよね。戦争の実態を知ることが大切だと思っているんですね。」
路上で流れ弾にあたって息絶えた干しエビ売りの女性。持てるだけの荷物を抱え、必死に逃げる家族など戦場の真っただ中に身を置き命懸けでシャッターを切ったその作品には子どもや女性に関係なく、全ての者を攻撃する戦争の残忍さ、醜さが記録されています。
石川文洋さん「ベトナムの戦争を理解できれば、他の戦争も理解できると思っている。戦争と言うのは殺人であり、民間人が犠牲になるという大きなことがある。」
講演会にはベトナムからゲストも招かれました。ベトナム戦争証跡博物館の館長・フィン・ゴック・ヴァンさんです。ベトナム戦争当時、沖縄はアメリカ軍の前線基地となりました。ここを飛び立ったB52爆撃機がベトナムで多くの人を殺害し沖縄は「悪魔の島」と呼ばれていたのです。しかしヴァンさんからは意外なことが語られました。
フィン・ゴック・ヴァンさん「当時、アメリカ政府を止めることができる人はいなかったと思います。だけどその中で、一生懸命反戦運動をしてくれた人たちに凄く感謝しています。それだけで自分たちの心を温めてくれました。」
しかし沖縄はいま危険な道を歩もうとしています。辺野古に造られる新たな、そして巨大な軍事基地。ベトナムで多くの子どもたちが殺されるのを目撃した石川さんは、この基地から出て行った兵士たちや戦闘機がまた再びアジアのどこかで子どもたちを殺すようなことになるのではと危惧しているのです。
石川文洋さん「戦争を防ぐのは想像力を持つことですよね。過去の戦争から学んで、それを積み重ねていって、想像力をつけるわけですよ。前は沖縄の基地はアメリカに占領されたという言い訳ができたと、こっちで認めて造ってあげるわけですから。」
そしてベトナムから来たヴァンさんは基地建設については、日本とアメリカの話で言う立場にはないとしながらもこう語りました。