先週、八重山の教科書問題では竹富町が地区を離脱し、単独で採択する方針を固めました。一方で5年前に1つの教科書を使用するため、敢えて18区に分かれていた採択地区を1つに統合した自治体があります。八重山と同じ「育鵬社」の教科書を採択した横浜市です。八重山と同じく翻弄された横浜市の人々を取材しました。秋山記者です。
神奈川県横浜市。新入生の賑やかな声が響く、慶応大学の日吉キャンパス。
茂呂秀宏さん「建物がものすごく頑丈。(海軍が)陸に上がった理由として、この場所を選んだ。」
太平洋戦争末期、この日吉キャンパスは海軍の中枢である連合艦隊司令部が置かれ、地下には3キロに及ぶ広大な壕が作られました。
茂呂秀宏さん「(案内では)レイテ戦、沖縄戦、本土決戦という流れを触れます。」
横浜市で公立中学の教師としておよそ30年、歴史・公民を教えてきた茂呂秀宏さん。現場を離れた今は、この日吉台地下壕を保存する会のメンバーとして、69年前、ここで何があったのかを地域の学生たちに伝えています。
この場所では、沖縄に向かう途中撃沈された「戦艦大和」との交信や特攻隊の突撃信号、沖縄戦での大田中将の最後の電文も受けていたといわれています。
茂呂秀宏さん「戦争を二度とやらないために残してあるものを使って人が語っていくことをしている」
慶田盛教育長「実相とはずれたものを採択するというわけにはいかない」
2011年、八重山で起きた教科書採択を巡る問題。竹富町の慶田盛教育長は石垣市の玉津教育長が採択を勧める「育鵬社」の教科書に対し、沖縄戦の記述が不十分であると拒否し続けました。結局、竹富や現場の声は反映されないまま、協議会で「育鵬社」の公民教科書を採択。竹富町はそのまま「東京書籍」を堅持しました。
同じ年。横浜市では市民団体や教員らがおよそ11万筆の反対署名を出したにも関わらず、今田教育長が「学ぶ意欲を掻き立てる」として育鵬社の歴史・公民教科書を採択。横浜市ではこの直前の審議委員会の答申で「育鵬社」は7社中5番目の評価だったこともわかっています。
石垣市や横浜市がなぜそこまで「育鵬社」にこだわるのか。
茂呂秀宏さん「戦後の歴史認識国家認識に対して転換を図りたいと言うのがある。それは今の安倍政権がやっていることに通底する」
悲惨な戦争を二度と繰り返さないために平和学習に奔走してきた横浜の教師たち。一方で、愛国心や戦争など歴史を肯定的にとらえる教科書で10万人の子ども達が学ぶ現実。その流れを危惧した茂呂さんや現職の教員らは、歴史の研究者と共に1つの本を出版しました。それが「もう一つの指導書」です。
茂呂秀宏さん「自分たちならどういう記述ができるかという観点で作ろうと。単純に批判の本ではないということです」
増田恵津子さん「『いよいよ4月になると』この教科書では3月の慶良間諸島のことは触れていない。大事なことの理由とか背景とかを書かないで6月には沖縄占領すると」
執筆者の1人、増田さんが解説を入れたこの部分。授業では、沖縄戦は3月の慶良間上陸から始まること、そして本土決戦までの時間稼ぎだったこと、さらに日本軍による集団自決の強要や住民虐殺があったことに触れるべきだとしています。こうした指摘箇所は写真や資料を含めておよそ500ヵ所に上ります。
現在、この「もう一つの指導書」は500部発行され、横浜市のおよそ30校の教師が使用しています。その指導書を使う、横浜市内の特別支援学校で働く、朝倉賢司先生。教科書が導入されて3年目、何より子ども達の未来を危惧しています。
朝倉賢司先生「導入されて数年ですがそれを読んだ子ども達がどうなるかというのが一番心配ですが、そのような流れを採択するような政治構造が一般的になることの危惧を感じる」
今年、1月。文科省が全国の都道府県教委に出した通知。領土問題についてより詳しい指導を行うよう指示されています。
朝倉賢司先生「学習指導要領の解説書レベルで領土問題を教えろと。今の日中韓の政治状況の中で特に安倍政権の中ではこれを打ち出すことが彼らの存在意義みたいなことだと思う」
日吉の地下壕の案内を終える時、茂呂さんはいつも子ども達にこう伝えるといいます。
茂呂秀宏さん「なんらかで(戦争を)抑制していくという人であってほしい。歴史の選択の判断を正しくできる人になってほしい」
戦後69年。戦争を知らない私たちはまず教科書で戦争を知り、二度と過ちを繰り返さないために、平和学習でその悲惨な体験を聞いてきました。子ども達にとって教育は将来への道しるべとなるもの。その教育に時の政治がかかわるということはまた歴史を誤る一因にもなりかねません。だからこそ私たちは、教育現場で何が起きているのか、しっかり知る必要があります。