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シリーズヘリ墜落事故を考えるの3回目です。

墜落事故が起こるたびに68年前のあの日を思い出せる「戦争トラウマ」について。戦後も続く基地と隣合わせの現状は沖縄戦を体験した人たちにどう影響してるのでしょうか。

京都大学講演當山富士子先生「高齢者の口からオスプレイオスプレイという言葉が出てきたんですよね。私は、すごくびっくりしたんですけど。」

戦後、置き去りにされてきた心のケアの問題を社会全体で考えようと開かれたシンポジウム。ここで講演していたのは、沖縄戦による心の影響について調査した保健師の當山富士子さんです。當山さんの調査によると、沖縄戦を体験したお年寄りの4割が、不眠やうつなどに悩まされる「戦争PTSD」を患っている可能性が高く今も続く基地と隣り合わせの現状が沖縄のお年寄りたちを苦しめていることが報告されました。

當山先生「私が受け止めているよりももっともっと深刻なんですね。また何かおこるんじゃないか?不安がっている様子がうかがえました。」

(7月1日の並里さんの家に向かう當山先生)20年以上沖縄戦のトラウマについて研究を続けている當山さん。この日は、沖縄戦で激しい戦闘地の一つ伊江島で戦争を体験した女性を訪ねました。

當山先生「沖縄戦のことどの程度思い出しますか?常に思い出す時々思い出すほとんど思い出さない。」

並里千枝子さん「常におもいだします。」

當山先生「基地とか軍用機の音を聞いたら?」

並里さん「これは嫌ですね。このやろうっておもう。」

当時9歳だった並里千枝子さん。生後6か月だった弟が地下壕で泣き止まず、日本兵が島出身の少年兵に「殺せ」と命令。泣き止まない弟を母親は、出ないお乳に鼻と口を押し付けその胸で弟は、息を引き取とりました。母の横にいた並里さんは、抵抗した弟に太ももを蹴られた感覚が今も頭から離れないと言います

並里さん「こうしてすわっていたら赤ちゃんの足がここに強く遊ばした時の感じでねあれよりも強い感じであしが(当った)」

強張った表情や時にはきつい言動になる並里さん。あの戦争を思い出すたびにフラッシュバックする苦しさ。小さな足でけられた太ももの痛み。理解されない苦しさの中にいました。

當山先生「すごいストレスが強いって出ているんですよ31点というのはね。確かにそうですよ。」

伊江島に向かう車中と伊江島の雑感。68年たった今も苦しんでいる並里さん。癒えることのない心の傷にどう向き合えば軽くなるのか?

當山先生「きょう話し合うと二人がすごくいい話ができるんじゃないかな?」

伊江島に住む並里さんの幼馴染で同じPTSDと思われる症状に苦しんでいる女性を訪ね心の底に残る思いをお互い語りあうことを提案しました。2人が再会するのは、40年ぶり。この女性は、妹を背負って逃げ惑っていた時、砲弾が妹に当たり、自分のせいで妹が亡くなったと攻め続けています。

平安山さん「起きて早く起きてよって逃げるんだよー逃げるんだよーって手をひっぱたいたり足ひっぱたいたりして身動き一つしないもんですから。そして」

並里さん「もうおいていった。」

平安山さん「それがもう今になってねー病になってね。」

戦争が終わっても語れなかった地上戦のこと。今でも不眠や足の痛みに苦しむ病のことなど、ふたりは、自分が体験したトラウマを包み隠さず語り合いました。

平安山さん「足をさすりながらいつまでこんな感じで生きているのか?あんまり長いこと生きても。」

並里さん「今やっぱりね長生きしたい。」

平安山さんと並里さん「年をとってからいろいろよく考えるようになってね。長生きしようよしようね。」

當山さんは、ふたり様子を見て、語り合うことの大切さを感じたと言います。

當山先生「まずふたりがほんとに心から分かり合えるというのがとても本当にすごいんんだなって強いいやしなんだなって。」

並里さんたちのように、不眠、不安記憶のフラッシュバックがなぜ起きるのか、理解できずに苦しんでいるお年寄りが増えていると精神科医の蟻塚医師は指摘します。

蟻塚先生と患者やりとり「つい最近アメリカのヘリコプターが落ちたでしょショックでまた聞こえてきたりしない?においは?(患者)だからこんなのみないようにしています。(先生)テレビ見ないようにしている。」

蟻塚医師「オスプレイとか米軍のヘリが落ちたというのは、トラウマを突っつくことになるからそれは、いいことじゃないよね。悪くなりますね。」

戦後、基地と隣り合わせの生活が続く沖縄。アメリカ軍のヘリ墜落事故、オスプレイの配備など繰り返される事件、事故。お年寄りたちの心の傷はかさぶたになりかけてもはがされてしまうそんな癒えない現状が横たわっています。