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現存する三線の胴としては最古のおよそ200年前に作られた三線が沖縄に里帰りです。

沖縄県立博物館・美術館・学芸員の篠原あかねさんは「この棹全体の形が非常に均一性のとれたプロポーションであるということと、あとは、鳩胸のふくらみ具合とかこの辺にすごく見どころがある三線です」と話します。

この三線は琉球王国時代に製作されたもので、奄美出身・神奈川県在住の島岡稔さんから県立博物館・美術館に寄贈されました。

胴の内側の銘書きから、1825年に渡慶次という人物によって製作されたことがわかり、現存する三線の胴としては最古です。胴はチャーギ、棹には黒檀が使われていて、革は、島岡さんの父が譲り受けた50年ほど前に張り替えたということです。

この三線は、徳之島の有力者が首里で、成人男性2年分の米にあたる籾30俵で求めたと伝えられていて、その後、子孫へと代々引き継がれてきました。

島岡さんは、三線が作られた1825年は、琉球大飢饉の年で、救援用の食糧のお礼だったのではないかと話していました。寄贈者島岡稔さんは「音がやわらかい。非常に人間の声に近いと言われている」「きれいに残って、そしてそっくり沖縄に返せたというのが僕は一番うれしいですね、しかもそれが復帰50周年で」と話していました。

三線は、8月30日から常設展で展示予定です。