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返還合意から24年。先週急展開をみせた那覇軍港の浦添移転計画。県と那覇市、浦添市が計画に合意してから初めてとなる那覇港管理組合議会が開かれました。

1996年のSACO最終報告で浦添西海岸に移設することが決まっていた那覇軍港。民間の港と離れた北側に整備する案を支持する県と那覇市。西海岸リゾート開発を視野に、南側案を主張する浦添市で折り合いがつかず、長年、計画は進んでいませんでした。

ところが8月4日、事態が急展開します。政府は米軍などと協議した結果、浦添市が主張する南側案については技術的に困難だと県に伝えてきたのです。

結局、松本市長が譲歩する形で合意。その後初めて開かれた25日の那覇港管理組合議会で、玉城知事は「県の経済発展と県民生活の向上をはかるためには那覇港の発展は必要不可欠」と移設を進める考えを示しました。しかし議員からは疑問の声もあがりました。

比嘉瑞己議員は「那覇軍港はずっと遊休化している。使われていないところに軍港を移設し、そこに補給基地もないところに移設する必要性があるのか」と質問しました。この問題について、琉球大学の江上能義名誉教授は、次のように話します。

江上能義名誉教授「釈然としないのは、説明が不十分ですよね。何で米軍が松本市長が出した南側案をダメだと言ったのか、その理由がわからない。浦添の西海岸の海はとてもきれいですよね。特にパルコができて海岸道路ができて、気づいた人がいると思う。それを移設のためとはいえ、米軍の軍港にすると。玉城知事が言っているように、辺野古新基地建設とは違うということは言えるかもしれないが、何かやり方そのものはトップダウンで沖縄県民に有無を言わさずやると言っているような、県と那覇市と浦添市が合意したというけれど、その裏には日本政府がいるわけですよね。日本政府の菅さんは喜んでいるもんね。」

那覇軍港浦添移転 合意形成に疑問も