7回目を迎えた女子硬式野球沖縄大会。今年は新型コロナの影響で中止も検討された中、参加は3チームながら開催。
大会を主催する沖縄ティーダバルは創立10年目を迎える県内で最初に誕生した女子硬式野球チームです。
創立からのメンバー城間智子さんは10代の学生が多いチームの大黒柱。走攻守そろったリードオフマンでこの日最初の試合も3打席連続で出塁し、すかさず盗塁と躍動!
一方、第2試合では優勝した埼玉の侍相手にノーヒットに終わりましたがそれでも気持ちは常に前向き。
城間智子さん「バチコーン!と打ちたかった。もっと練習せい!ということ。間違いない」
そんな笑顔が印象的な智子さんを後輩たちは…
チームメイト 山城美加選手「絶対負けないよという強い思いがあってみんなを笑顔にしてくれる」
チームメイト 新垣友稀選手「頼りになるけどちょっとおっちょこちょいの部分もあるので」
照れ笑いも印象的な智子さんですが実は沖縄女子野球の先駆者なんです。小学生のころから野球に打ち込んできた智子さん。高校は地元を離れ女子野球でも有名な強豪校鹿児島の神村学園へ。3年間で全国制覇を4度も達成。東京女子体育大学でも野球を続けた後に帰郷。
それからは西原町にある実家の自動車販売店で事務や整備の仕事をしながら沖縄で野球をつづけました。
城間智子さん「プロ野球選手になりたいだけど、その(大学卒業)当時女子のプロ野球がなかったので現実女の子はプロ野球選手にはなれないという現実を知った時に夢の世界なんだなと・・」
今から11年前、28歳の時に女子プロ野球リーグが発足。2年続けてトライアウトを受験し最終選考まで残るも合格はならず。30歳の受験年齢制限もあり夢のプロ野球にはあと一歩届きませんでしたが、この経験が今の智子さんの原動力になっています。
城間智子さん「悔しい思いがいつも野球から教えてもらっていること。その思いがいつまでもあるから今も続けているのかなと思う」
自分を高め続けることと同時に今の目標は・・
城間智子さん「(今の目標は)沖縄の硬式の女子野球を試行錯誤しながらみんなで盛り上げていけたらなと思う」
照れ屋の努力家智子さんの野球愛はこれからも大きくなり続けます。