Qプラスリポートです。琉球王国時代、踊り奉行だった玉城朝薫によって上演された組踊。ことし初の上演から300年という節目を迎えています。来月には国立組踊劇場では初となる野外公演が行われるんですが、そこで、組踊初の花火が再現されるんです
金城さん「地謡で組踊の時に被る『はちまち』という物ですね。」
金城裕幸さん。組踊の道具や衣装制作、修理を手掛ける国選定の保存技術者です。
金城さん「はちまちは現存するのもあるんですけども、それは(琉球王国時代)薄板で出来ているんですが、これも小道具ですので(現在は)紙で作られてますね。」
金城さんは現在、沖縄芸能の小道具を中心に制作や、修理などを行う傍ら創作舞台の演出や演奏など、幅広く活動しています。
金城さん「今はまだ本当にこれからどんどん技であり、作る技であり舞台の演出の技術であれ、磨いていく途中なのでそいうことの大変さ、いま一生懸命やるやっているだけでみたいな感じではありますけど。」
その金城さんに、ある依頼が舞い込んできました。来月、国立組踊劇場で行われる野外公演で復される、ある仕掛けでした。
金城さん「やってみたいというのと、あとうれしいっていうのはありましたけどね、中々そういう復元ものとかに携わる機会は中々ないと思いますので、まして今回『花火』があったということも今回分かりましたので、それに携わるというのは光栄だと思いましたね。」
組踊に花火が登場!いったいどんな花火を「復元」してほしいというのでしょうか・・・
組踊は、今からちょうど300年前に初上演され、踊り奉行で数多くの脚本・演出をこなした玉城朝薫が生み出した沖縄独自のエンターテインメント。その組踊の演出に花火が使われていたというのです。
金城さん「凄いなと思いました、沖縄でそういう(花火)物があったのかということ本当に凄いなと思いましたね。」
花火は、来月行われる組踊劇場初の野外公演で披露されます。
金城さん「やっぱりウチナンチュのウトゥイムチの精神で、今回一つしか作らないですけども、あと今後続けて作りたいもんですけども、そういう楽しませるために色んな工夫していたんだなと、非常にウチナンチュも凄いなと思いましたね」
「ウトゥイムチ」とは、「おもてなしのこと」
300年前の琉球王国の時代、沖縄では中国から来る船、御冠船(うかんしん)に乗ってやってきた使者冊封使を歓迎するために生まれた「組踊」。その「おもてなし」の演出に花火が使われたいたというのです。
こちらが、金城さんが手がけている仕掛け花火。
金城さん「文献には台の寸法しか出てないんですよ。残っている絵図に台の寸法はめ込んで、寸法を割り出しているんですけども、そうなると大分高い設定になりはするんですけど、そういう物から如何に拾っていくかというのは非常に大変な作業ではありますよね。」
仕掛け花火の高さは、3メートル50センチ。琉球王国時代に披露された仕掛け花火のおよそ半分のサイズで復元させます。
金城さん「無い物を作るってのは本当にいろんなことを考えて、実際に少ない情報の中から、いかに本物に近づけていくという作業がやっぱり大変ですね。」
作業を手伝うのは舞踊家で、妻の小百合さん。
金城さん「一応舞踊家でもあるので、色んな使いやすさとかそういう面からのアドバイスとか、色々。」
普段の小道具作りには、小百合さんのアドバイスを受けながら制作するという金城さん。そんな金城さんを小百合さんはどう見ているのでしょうか。
小百合さん「いやー細かいですよ、とっても細かいですよ。本当にザ・職人ですよね(笑い)本当に・・・でも小道具だけでなくて別の面でも細かいです。子どもなんかに色々、夏休みの宿題とかアドバイスも細かいです(笑い)…私はそれでいいかなと思ったりするんですけど。やっぱり絵とかになると、技術があるので。」
文献を頼りに試行錯誤しながら、花火の復元に挑む金城さん。
金城さん「これから両端に房が付いてその房から球が出てくるという、これがですねこれはマジックの世界なので、ここ房があるんですけどもこれがこうなるとここから球が出てくる、球が出てくるのはいいんですけど、この房はどこにいったのかということになるんですよ」
300年前、琉球の地で花開いた花火。果たしてどんなものだったのでしょうか。野外公演まで、残り10日あまりです。
文献の中の絵図のみしかない仕掛け花火。でも金城さんは、任せられたことに感謝し、今はワクワク感があると楽しげに話してました。
この仕掛け花火は、来月4日と5日に国立組踊劇場の野外公演として行われることになっています。その模様は後日Qプラスでお伝えします。以上Qプラスリポートでした。