みなさんも、1度は見たことがあるんじゃないでしょうか?中城にあるこちらの建物。
実は”ホテル”なんですが今年5月から本格的に解体作業が始まりました。幻のホテルに隠されたものとは・・・
県道からも見える、廃墟のような建物。実は・・かつてホテルとして使われていました。「中城高原ホテル」今から47年前、中城城跡一帯の管理権を所有していた実業家の高良一さんが建てたものです。
中城城周辺のこの場所にはに遊園地や動物園が造られにぎわっていました!
そこで、計画されていたのが「夢の国」とうたわれたホテル。ところが・・
沖縄が本土復帰した1972年5月15日文化庁が中城城跡一帯を文化財保護地域に指定するとホテルや駐車場などの工事中止が言い渡されたのです。
展望台などは未完成のまま、たった2か月で営業を終了。「夢の国」は鉄骨がむき出しのまま”廃虚ホテル”となったのです。47年の時を経て、解体されることになったホテル。沖縄の昔の映像を収集、保存している真喜屋力さんの案内のもと、訪ねました。
真喜屋力さん「この面白いのが廊下とかがフラットじゃないんですよね。ちょっとずつ地面に合わせて斜めにつくられているんです。すごい行きあたりばったり感」
独特な設計に高良さんのこだわりを感じるホテル。地形を生かした独特の建物は、まるで迷路のようです。
山城キャスター「そしてもう解体工事がすでに始まってるんですね」
真喜屋力さん「かなり壊し始めてますね」
建物をさらに進むと・・・
木目を基調とした、ぬくもりを感じるこちらのレストランもこの姿に、、、
ホテルの横に造られたプールは、、県内に、娯楽施設が少なかったため県民のためにレジャースポットを造ってあげたいという高良さんの思いがこめられています。
復帰前から中城の丘の上にあって時間が止まったままの「中城高原ホテル」
いよいよ、その最上階へ・・
真喜屋力さん「おお、ここが最上階ですかね」
山城キャスター「うわ!眺めがいい!完全に中城城よりも上なんですね!このホテルってどれくらいの歴史的価値みたいなものがあるんですか?」
真喜屋力さん「ん~。ないところが素晴らしいですよね。ある意味ねでもたぶん、50年以上ほぼ廃墟のまま建っている。みんなの心にはしみついてる」
中城城跡を見下ろす高さの展望台。この巨大なホテルを建てた高良一とはどんな人物だったのでしょう?
高良さんは、現在の国際通りの由来となった、戦後初の映画館の建設や、沖縄都市モノレールの発案。さらにマスコミ、金融業、リゾート、そして政治の道などを渡り歩き、その手腕を持てあますことなく発揮しました。
戦後、沖縄の復興に向け、沢山の功績を残した高良さん。その活躍を陰で支えたのは妻、静さんでした。
高良一さんの次女奥村かよ子さん「父が何か目的とするものを仕上げようとするときはお金がいる。そのお金は全部母が工面していましたよ。土地を階に行ったりとか、建物を作りたいというときにはうちの母と結婚していなければ、あの頃の存在の高良一はできあがっていないですね」
高良さん、そして妻の静さんにとって、夢のホテルの建設は沖縄のための、県民のための命をかけた計画でした。
そのホテルも47年の時を経て、来年3月には解体が終わり公園として生まれ変わる計画です。
高良一さんの次女奥村かよ子さん「納得するんじゃないんですか。納得すると思いますよ」
高良さんと静さんの思いは、時を経ても、受け継がれ県民を笑顔にする新たな場所へと変わります」