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琉球王国時代に使節団として琉球を訪れたフランス人兵士2人が眠る名護市のウランダー墓で、大使館関係者が追悼式を開き百数十年に渡り墓を守り続けている県民に感謝の気持ちを示しました。
今からおよそ180年前、フランスの使節団は交易などの交渉を行うために3隻の船を率いて琉球王国を訪れ、その際、2人がこの地で命を落としました。
当時は外国人全てが「ウランダー」と呼ばれていた為、今でもウランダー墓とされ、太平洋戦争後は地元・名護市運天原の住民により大切に守られてきました。
追悼式にはフランス側からジェローム・シャルドン国防武官の他、フィリピン近海での多国間軍事演習に参加しているフランス海軍の現役兵士ら、それに地元名護市運天原地区の関係者が参列。
フランス国家を斉唱して追悼するととともに長年ウランダー墓を保存し守り続けている地域の人たちへ感謝の気持ちを伝えました。
1983年に名護市の指定文化財となったウランダー墓は毎年12月に地域の住民が清掃やお供えをして守り続けています。