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沖縄のスポーツ選手や指導者の活動と思いを紹介する「アスリートフォーカス」。きょうは33回目です。「沖縄スポーツマネジメント」に所属するアスリートから今回は、こちらの方にお越しいただきました。

もう沖縄野球のレジェンドですよねまずは、大野さんの経歴をご紹介しましょう!

アスリートフォーカス第33回 「未来の野球好きを増やしたい!」元プロ野球選手 大野倫さん

【プロフィール 前半】
1973年生まれ。うるま市出身
1990年 夏の甲子園 沖縄水産高校2年時・準優勝
1991年 夏の甲子園 沖縄水産高校3年時・準優勝
1992年 九州共立大学へ進学。外野手に転向。大学日本代表にも選出
1995年 ドラフト5位 読売ジャイアンツ入団
2001年 ダイエー(現ソフトバンク)移籍
2002年 現役引退

大野さんは夏の甲子園を1人で投げ切り、投球数は773球。3回戦からは4連投で35イニング、546球を投げ抜いた。

この大野選手の甲子園での故障が大きく報道され以降、「選手の健康面」に配慮するルールが設けられるようになった。大会中の「メディカルチェック」導入・投手数の増加に対応するため、ベンチ入り人数増やした。甲子園大会のあと、、大野さんはもうピッチャーとして投げることはできなくなってしまいます。

九州共立大に進学し、外野手に転向。大学時代は屈指の強打者となり、大学日本代表にも選出されます。そして1995年のドラフト5位で外野手として巨人に入団。2001年にトレードでダイエーホークスに移籍。2002年限りで引退となります。

それでは、現役引退後、大野さんがどのように沖縄野球にかかわりをもっているのか、現在の活動に密着してきましたVTRをご覧いただきましょうそれでは~「アスリートフォーカス!!」

大野倫さんは、プロ野球選手を引退後母校の九州共立大学の沖縄駐在職員として働きながら2010年に 中学硬式野球チーム「うるま東(ひがし)ボーイズ」を設立し中学生を相手に硬式野球の指導をスタートさせます。

チーム創設14年。大野監督の指導のもと、強豪チームに成長した「うるま東ボーイズ」は今年、沖縄県予選を見事制し全日本選手権への出場権を決めました。そんな中、沖縄で指導者して活動する大野さんは、ある異変を感じます。

アスリートフォーカス第33回 「未来の野球好きを増やしたい!」元プロ野球選手 大野倫さん

野球普及活動を目的に、2019年に『NPO法人 野球未来.Ryukyu』を設立野球の楽しさを伝えるために、保育園や幼稚園では「野球型レクレーション」、小学校では、授業の1コマをもらい、「野球型体育」の授業を行っています。

大野さんの、熱い野球普及の動きは県内に広まり、授業をリピートする学校も増えているそうです。さらに!「もっと野球が上手になりたい!」という生徒を対象に打撃練習に特化した「野球スクール」を開き打つ楽しさ、バッティングの魅力を指導しています。

『野球が大好きな子どもたちを増やしていきたい・・・』沖縄野球のために今も走り続ける大野さんに、未来への想いを伺います。

インタビューパートは動画を参照ください!

ここまで元プロ野球選手大野倫さんにお話を伺いました。ありがとうございました。