県内外から約50人が挑戦した過酷なレース、沖縄で初めての開催となりました。3連休だった10日と11日の2日間にわたって行われたウルトラレース「ジャパントロフィー」。沖縄本島を舞台に30時間以内に200kmという果てしない距離を走り切る競技です。
そのレースに那覇市にあるカツ丼専門店の店長が出場していました。家族の支えを力に変えて苦難の200kmに挑みます。
10日午前4時。まだ真っ暗な那覇の街に飛び出していったのは県内外のトップアスリートたち。沖縄ではじめての開催となったウルトラレース「JapanTrophy」!
そのコースは、那覇市奥武山をスタートし、国道58号や西海岸沿いをひたすら北上。北は名護市で折り返し、その後は、東海岸を南下。本島南部・糸満市をぐるっと回って、再び奥武山へ。
20の市町村にまたがる総距離200mキロの壮大なコースを己の脚だけで走破するレースです。そんな過酷なレースに挑んだ1人が向江司(45)さん。その職業は、那覇市泉崎にあるカツ丼専門店「いち丼」の店長なんです。
向江さん「自分の実家が神戸で蕎麦屋をやっていまして、そちらと同じ材料を大阪から取り寄せて、こだわりのだしでやっています。」
4女の父でもある向江さん。これまであまり運動はしてこなかったそうですが「走り」に目覚めたのには意外なきっかけがありました。
向江さん「(子どもの)送り迎えの帰りを僕が歩いて迎えに行くことになったんでね、そうやって歩いて迎えている間にちょっと今度から走ってみようかというのから始まって、そこからどんどん距離がのびていって。自分が速くなっていくのが楽しくて、距離を走れるようになるのも。」
子どものお迎えをきっかけにその後ランニングチームにも入った向江さん。3年前にはギリシャで行われた245.3キロのスパルタスロンに出場。初出場ながら完走し、好成績を収めました。
そんな向江さんですが、今回の大会にはやや不安な点がありました。
向江さん「11月末までは結構いい練習ができていたんですけど、ちょっと足を痛めてしまって。12月が自分が思ったような練習があまりできなかったんですけど、最後まで諦めないでゴールを目指して、完走できるように頑張りたいという気持ちです。」
迎えた大会当日。まだ真っ暗な午前4時にも関わらず、子どもたちも応援に駆けつけてくれました。
次女・夏乃ちゃん「きょうはマイペースでいいので完走はしてほしいですね。」
向江さん「(Q.ずばり目標タイムは?)一応20時間切りですね、だからスタートが4時なので、夜12時くらいにはゴールできたらと思っています。」
カツ丼屋店長・向江さんの200キロがスタート。交通規制などは敷かれていないため、ランナーたちは歩道を走行。数十キロに1回程度あるチェックポイントを通過しながらゴールを目指します。
向江さんは、25キロ地点のチェックポイントを2時間半ほどで通過。目標の20時間切りへ、まずまずのペースで走り続けます。
この大会には定点でのエイドステーションなどはなく、その代わりに各選手にサポートカーが帯同。妻の麻乃さんと、次女の夏乃ちゃんが車に乗って、向江さんを後押しします。
恩納村・道の駅手前の向江さん「ペースが全然上がらんわ。練習不足のせいかな。」
やや不安な思いを口にする向江さんを、麻乃さんらは約5キロおきに先回りしサポート。よりスムーズに食料や水分を提供するため夏乃ちゃんもダッシュ。
麻乃さん「(Q.司さんが走っている姿はどうですか?)走っている姿ですか?お~頑張れ頑張れって感じですね(笑)。楽しそうに走っているのでいいんじゃないかなと思っていますよ。」
そんな麻乃さんの手にはノートが。何をどこで補給したかをメモしています。
麻乃さん「後半は本人も何を取っていいかわからないとか出てくるので、これ取っといて~とか言えたりするので。」
心強い家族に支えられ、向江さんは順調にコース最北端となる名護を折り返し。険しい山道などを超えて、ついに100キロ地点へ。すでにフルマラソン2回、ハーフ1回の距離を走ったことになりますが…。
向江さん「(Q.まず100キロまで来ました、どうですか?)ここからあとまだ半分あるので、とにかくつぶれないように、落ち着いていきたいと思います。」
そう、100キロと言えどまだ半分。この時の通過タイムは10時間15分。目標の20時間切りへ、やや遅れ始めた向江さんにさらなる険しい道のりが待っていました。
総距離200キロ、制限時間30時間という沖縄初開催のウルトラレース「JapanTrophy」。長時間に及ぶレースでは天候の変化もつきもの。カツ丼屋の店長・向江さんをスタートから約11時間後の午後3時過ぎ、突然の強い雨が襲います。
向江さん「天候が変わったり急に風が強くなったり、そういうのも全部含めてウルトラマラソンなので、それは全部受け入れて。」
たとえ雨が降ろうとも、一度止めば空には虹がかかり、ランナーたちを励ましてくれます。ただ、大会前のケガで練習量が減ったこともあり、向井さんの脚は悲鳴をあげ始めていました。
向江さん「一番弱気になったのは中城あたりくらいで、足がすごくきつくて、これからあと60キロくらいどうしようかなとか思ったんですけど。」
そんな向江さんを支えたのはサポートカーで帯同する家族。栄養補給をしている間にも、脚をマッサージし続けます。
向江さん「結構足にきていますね。最後までいけるか不安になってきた。」麻乃さん「いくんだよ!」
さらに日が暮れ始めた午後6時過ぎ、中城では他の子どもたちも応援に。子どもたちの温かい応援を受け、お父さんとして頑張らないわけにはいきません。
そして夜12時。向江さんの姿は約185キロ地点である道の駅いとまん前に。目標タイムの達成はなりませんでしたが、その足は決して止まることはなく、190キロを超えて、瀬長島の1周に。
家族がゴールで待つ中、なんと最後は、渾身のダッシュ!21時間22分、200キロ完走を成し遂げました!
向江さん「ちょっと目標タイムよりはよくはなかったんですけど、でも今自分のできるすべてを出し切れて、本当にいいレースができたと思っています。何より今回初めて家族と仲間がクルーとして、200キロずっと付き添ってくれまして、それが何よりうれしくて、かけがえのない経験ができたと思っています。」
200キロずっと帯同し続けた夏乃ちゃんは。
夏乃ちゃん「よかったねって言ってあげたいです。して、うなぎ買ってねとも言いたいです。」
実は、サポートを頑張ってもらう代わりに、うなぎをごちそうすることを約束していたそうです。
200キロを走り終えた約10時間後、向江さんの姿はすでにお店にありました。実は今回の「JapanTrophy」の参加者には、向江さんのお店で使えるカツ丼チケットが配布されていたんです。
向江さん「僕が出ていないとだめなのでお店には立ちます。ランナーとしては、これからもこういうレースがあれば、沖縄だけでなく、内地とか海外とか含めて参加していきたい。」
カツ丼屋の店長としても、長距離ランナーとしても向江さんはこれからも走り続けます。