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宜野湾市の普天間第二小学校にアメリカ軍ヘリの窓が落下した事故から12月13日で1年となり、学校では事故を振り返る全校集会が開かれました。
普天間第二小学校では、落下事故のあと、ヘリが接近するたびに児童らの避難を余儀なくされ、教育環境が大きく悪化。学校では12月13日にこの1年間を振り返る全校集会が開かれました。
普天間第二小学校・桃原修校長は次のように話しました。「なぜ基地のそばか。普天間三区から新城、喜友名を、普天間小学校から分けないといけないということで、この近くに学校がないとだめだったんです」
集会では、普天間出身の桃原修校長が、基地のそばに学校を造らざるを得なかった歴史を語りました。また児童の代表が事故後の心境をつづった作文を朗読し「本当は、思い切り、避難なんかしないで遊びたい」と、訴えました。