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さてこちらの船が対馬丸です。73年前、沖縄戦が始まる前の年、疎開途中でアメリカの潜水艦に撃沈され幼い子どもたち783人を含む1482人の命が奪われました。
3月、犠牲者などが多く流れ着いた奄美大島に慰霊碑が建立されますが1月30日、実行委員会のメンバーが対馬丸記念館を訪れました。
那覇市の対馬丸記念館を訪れたのは、奄美大島の宇検村で、慰霊碑の建立に取り組んできた実行委員会のメンバーです。
宇検村は、対馬丸が沈没した当時、多くの犠牲者が流れ着いた場所で、住民たちが埋葬や供養を行いました。実行委員会のメンバーは、対馬丸の遺族らと面談し、慰霊碑が3月に完成することを報告しました。
実行委委員長の川渕昌春さんは「対馬丸事件が風化させないように、そして後世に恒久平和を願うことができると思います」と話し、対馬丸で弟を亡くした又吉正子さんは「あそこに慰霊碑が建っていると思えば、向こうで安らかに眠ってくれるだろうと思うんで。本当に向こうの方にはお礼の申しようもございません」と話しました。
慰霊碑の除幕式は3月19日に行なわれます。一方、1月30日から厚生労働省による初めての遺骨収集が行われています。
奄美の地元の人の証言をもとにしたもので2月3日までの5日間、大和村と宇検村の2カ所で行われますが、遺骨の発見にはいたっていません。
遺骨収集はこれまで、戦後5年たって105人分の遺骨が見つかったとの資料が残されていて、対馬丸記念館では「慰霊碑の建立に合わせ新しい遺骨の発見に繋がれば」と期待を寄せています。