追悼、悲しみ、怒り。県民大会の会場は、様々な感情であふれていました。
参加者女性「遺族でなくてもこんなに悲しいのに。遺族はどんな気持ちでいるんだろうと思うと、とてもじゃないけど、いたたまれない気持ち。」
参加者男性「事件事故を起こしている、根源そのものは何かと考えたときに、本当にこれは基地だと。即時なくす以外ないんじゃないかと」
一人ひとりが、被害者の苦しみ、遺族の悲しみを自分のものとし、怒り、事件の当事者として、そこにいました。知事の言葉にも、自責の念が表れていました。
翁長知事「21年前の、あの痛ましい事件を受けての県民大会で、二度とこのような事件を繰り返さないと誓いながら、政治の仕組みを変えることができなかったことは、政治家として、知事として痛恨の極みであり、大変申し訳なく思っております。」
かつての事件の被害者も、駆けつけていました。名護市辺野古に住む、金城武政さん。42年前、母親をキャンプシュワブ所属のアメリカ兵に殺されました。
金城さん「やっぱり(母親の事件を)思い出さないわけには行きません。」
新基地建設反対を訴え続けている金城さん。基地が被害を生み続けている。海兵隊は沖縄から出て行くべきだと考えています。
金城さん「これからもずっとこういう被害がずっと起こらないように、必ず、絶対起こらないようにと、強く今思っています。それはみんなの力が必要だと思います」
初めて県民大会に参加する若者もいました。
若者参加者「今までネットだったりニュースだったり知人から聞いた話のことでしかなかったんですけど」「ちょっと一歩出て見ようかなと思って参加しました」
シールズ琉球・元山仁士郎「日本の安全保障とは一体何なのでしょうか。一番の脅威は、私たち隣人を襲う米軍、米兵の存在ではないでしょうか。」
翁長知事「この問題を解決しようとする先にいかに大きな壁が立ちはだかっているか、私たちは思いを致さなければなりません。私たちはこころをひとつにして、強い意志と誇りを持って、この壁を突き崩していかなければなりません。」
女性の死を決して無駄にはしない、二度と次の犠牲者を出さない。一人ひとりの声が、県民の尊厳をかけた声となって、この国に突き付けられています。