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71年前の沖縄戦で、与那原町でどのような戦闘があったのかを学ぶ資料展が与那原町役場で開かれています。
与那原町では沖縄戦当時の1945年5月、運玉森と呼ばれる小高い山を巡り日米が激戦を繰り広げ、3つの集落の住民の3人に1人にあたる1672人が犠牲になりました。
資料展では、運玉森で発見されたアメリカ兵のものとみられる水筒が大きく破損した状態で展示されていて、戦闘の激しさを伺い知ることができます。
また与那原町では、運玉森の大部分がアメリカ軍に制圧されたとされる5月21日に運玉森の頂上まで登る集いを開き、地元であった戦争を考える場にしたいとしています。