こんにちは、きょうは、スポーツも敬老の日スペシャルです。1つ目は、65歳以上の選手たちが出場したハイシニアソフトボール大会。そしてもう1つが、さらに年上、競技歴56年のボウラ―が登場。どちらも年齢を感じさせないプレーに注目です。
「晴天に恵まれました、第6回ハイシニアソフトボール大会の決勝、今回は石川みほそ倶楽部対北谷同好会ハイシニアのカードとなりました。」
満65歳以上、昭和25年4月1日までに生まれた者だけが出場できるハイシニアソフトボール大会。決勝は、平均年齢69.9歳、石川みほそクラブ。
石川みほそクラブ監督・伊波賢司さん「必ずきょうは優勝します負けないです。」
対するは平均年齢72.9歳、北谷同好会ハイシニア。
北谷同好会ハイシニア監督・瑞慶覧朝宏さん「みんな健康でチームワークが大事ですから、それでこれまで勝ち抜いてきたと思います、頑張ります。」
この熱戦の解説には、県ソフトボール協会副会長の饒辺稔さん。
去年も決勝で解説をお願いしましたが…
去年の実況・解説饒辺さん「120%バントですよ、1点取りに行きますから」
実況沼尻「さぁ120%が出ました、饒辺さんはバントを予想しています。しかしバントの構えないよ!」
去年の実況・解説饒辺さん「なんで?(笑)」
今年こそはと解説も力の入る決勝戦。初回から、年齢を感じさせないプレーが飛び出します。お互いに点も取り合い、試合が動きます。
実況「1回の表裏は点を取り合った試合ですけれども、これからどのような展開を予想されますか」
解説饒辺さん「1回はどうしても緊張感があると思うんですよ2回は、そんなに打たれることはないんじゃないかと思います。」
饒辺さんのこの解説が当たります!2回3回は両投手の好投もあり得点は動かず。さらにビッグプレーも。
実況「監督をつとめます瑞慶覧朝宏さんが、バッターボックスに入っています練習終わりのゆんたくが一番楽しいというふうに話していましたその朝宏さんのあたりはセンターへ!捕っているか?捕っている!ファインプレーです!素晴らしいプレーが飛び出しました。」
お互いに譲らない展開。その緊張感とは裏腹に、流れる雰囲気は和やか。
実況「カメラマンさん、何かもらいましたね撮影中のカメラマン、何か差し入れをもらっています。」
その一方で試合は白熱。同点で迎えた中盤4回、北谷同好会はランナーを1塁に出します。
実況「ここはどんな攻撃がありますかね、ノーアウトランナー1塁です。」
解説饒辺さん「やっぱりバントだろうね、打順も考えて」
実況「バントの構えないですね。」
解説饒辺さん「ないですね!(笑)」
さらに、バントしないどころか!
実況「ヒッティング!大きな当たりがレフトへ!レフトの頭をこえる!さぁこれはホームランコースか?、2塁回るぞ、3塁も回る!ホームランです!」
饒辺さんの予想を越えたランニングホームラン。これが結果的に決勝点となり、北谷同好会ハイシニアが優勝を果たしました。
北谷同好会ハイシニア監督・瑞慶覧朝宏さん「優勝できたことを嬉しく思います。きょうはメンバーでまた楽しい酒を飲みたいと思います。」
今日は敬老の日にふさわしいパワフルなおじいさんをご紹介します。ボーリング歴は56年!年齢を感じさせないおじいさんボウラーです!
毎週木曜日、朝7時から行われている「おはようリーグ」。
参加者の平均年齢は65歳!中部のボウリング好きが集まった「お早うボウリング友の会」のメンバー30人が、毎週チーム戦に挑んでいます。この中で、一目置かれる存在の男性がいます。
安里栄光さん79歳「ボーリングの神様じゃない?」
知花義のぶ65歳「神ですねボーリングの神様ですよ」
メンバーが語るボーリングの神様とは!ボーリング歴、56年、前原信光さんです。
前原信光さん「(Q今お年はいくつですか?)100歳」大正4年生まれ、御年・100歳のスーパーボウラーです!
スペアはお手の物!
「あぎじゃびよ〜」
ストライクだってこの通り!
「(ストライク)参った参った」
前原信光さん「(Q今日はどんな調子ですか?)まあまあという所ですね。楽しく欲を出さないで投げること。」
44歳からボーリングを始めた前原さん。数々の大会にも出場しその腕前は、100歳になっても衰えることはありません。
天久実さん87歳「大先輩ですよ」
米須清栄77歳「お父さんみたい」
又吉常孝さん73歳「親みたいですよ」
メンバーからはお父さんのようだと慕われる前原さん。その、若さの秘訣とは?
前原信光さん「(Qなんでそんなに元気なんですか?)いつも恋をする気持ち、女も男も恋をすること。そうすればいつでも若いさ(Q恋しているんですか今?)いつも恋していますよ」
こんなユニークな話もする前原さんですが、元気の秘密は恋心だけではないようです。
前原信光さん「これだけです朝はこれだけ。とにかく人間の健康は一番小食ですよ。100歳までこんなに健康なのはそういないですよ」
幼い頃はたべることに苦労したという前原さん。
前原信光さん「小さい頃は貧乏で腹いっぱい飯食ったことはないです無財産で」
その苦労からとにかくがむしゃらに働いた青年時代。戦後に携わったプロパン業がきっかけで、44歳で起業。その後ひまわりガス株式会社を設立しました。
妻・前原美代さん「明日支払いがある夜が明けなければいいのにと思う位色々ありました。頑張り屋でしたね。今でも白髪染めたりオシャレもするしお風呂はマメに入るし手のかからない人」
若い時の苦労があるからこそ今の生活がある。食事と運動と恋心が、健康のバロメーターのようです。
前原信光さん「(Q前原さんにとってボーリングとは?)生きがいのあるスポーツですよ。私にとってボーリングとったら何にもない空っぽ」