初代ネーネーズで活躍し、ソロ活動でも「童神」のヒットなどで知られる古謝美佐子さん。ステージで平和や基地の問題についても発信しています。そして62年前のきょう沖縄が迎えた「屈辱の日」についても語りました。
古謝美佐子さん「簡単な詩なんだけど、心が痛いうたです。」
歌手の古謝美佐子さんは、広大な基地を抱える街、嘉手納町の出身です。両親は嘉手納基地で働き生計を立てていましたが、父親は、古謝さんが3歳のころ、基地内の交通事故で亡くなりました。
♪あの春の 4月の日 この砂だけが知っている
去年発表したアルバムに収録した「1945の春」。70年前の沖縄戦を、切ない歌詞で歌います。
古謝美佐子さん「うちの親父は基地の中で亡くなって、私と双子の弟を育てるために、おふくろも基地の中で仕事をして、いろいろやってくれたっていう色んなことがあって、なかなか言えなかったです」
しかし今、古謝さんは、基地の問題に関しても積極的に発信しています。そんななか、先月愛知県で出演したイベントでは、辺野古の新基地問題について話していた最中、客席から思わぬ反発を受けました。
古謝美佐子さん「沖縄の人はなんで反対しないんですか!っていう声が出たんですよ。反対、してますよ!「してないじゃないか、どうのこうの…」と言ったんですよ。こんなこと初めてでした。」
本番終了後、反発した観客の男性と話した古謝さん。その男性が実は愛知県で長く働いている沖縄出身者で、沖縄を想う気持ちを持ち続けていることも分かりました。そんな人でも沖縄の現状を知ることができないほど、県外には沖縄の声が届いていないのか。古謝さんは、おととしの4月28日のことを思い出していました。
古謝美佐子さん「式典をやった時に、また「これはないんじゃないの」というものが大きくなりましたね」
安倍総理 13年4月28日「 61年前の本日は日本が自分たちの力によって再び歩み始めた日であります。未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたいと思います」
沖縄の反発をよそに開催された。「主権回復の日」記念式典。政府は、サンフランシスコ講和条約によって独立を回復したこの日を祝いましたが、県内では同じ時刻、「屈辱の日」に抗議する大会で、1万人が抗議の声をあげていました。今月5日には、政府の菅官房長官と会談した翁長知事も、4月28日という日に沖縄が持つ思いを、ぶつけていました。
翁長知事「沖縄にとっては日本と切り離された悲しい日でありまして、そういった思いがある中で万歳三唱を聞いたりすると、本当に沖縄に対する思いはないのかと率直に思いますね」
古謝美佐子さん「そういう節目節目は絶対忘れちゃいけないと思うわけね。そういうことがあったから今の沖縄があるんだっていうこと」
「主権回復」という言葉だけが人々に記憶されアメリカの統治下で圧政を受けた沖縄の過去は忘れられてしまう。そんな不安が脳裏をよぎりました。
<池田さん ♪島の人よ>
先週、北谷町のライブハウスで歌手仲間の池田卓さんが開いた定期ライブに顔を出した古謝さん。サプライズゲストで登場したステージでも、県内外から駆け付けた池田さんのファンに語りかけました。
古謝美佐子さん「もうすぐ屈辱の日。見捨てられた日…孫が出来てから、段々、言わないといけないというものが年々大きくなって。」
歌♪「あの春の 4月の日 この砂だけが知っている わしらりみ わしららん 戦のあわり わしららん ちむぐりさ ちむぐりさ 哀りなむん うちなー」
≪ライブ終了後≫観客の女性「現実を知ったので、自分だけのものにしないで、伝えていこうかなって思っています」
古謝美佐子さん「私はあと10年生きるか、20年生きるか、わからないので、歌を通して残したいものを、1日1日、やっていきたいなって思いますね」