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さぁ、続いては、きのう行われた全国移植者スポーツ大会です。スポーツの楽しさ、そしてスポーツで汗を流せる喜びを感じられるのも健康な体があってこそです。きのうの全国大会に集まった選手の多くは、そのことを誰よりも実感する人ばかりでした

テニスに、卓球、ボーリング、そして陸上競技など数多くの種目にチャレンジした昨日の全国スポーツ大会。その選手の多くが実は、臓器を移植された人たちです。

愛知から来た男性「腎臓ですね」名古屋から来た女性「私は父からすい臓半分と腎臓をもらいました」「心臓です」

「全国移植者スポーツ大会」臓器移植を受けた人に、スポーツを通し、健康の喜びを感じてもらうとともに、臓器を提供した人への感謝と、移植医療について広く理解を深めてもらうことを目的に、NPO法人・日本移植者スポーツ協会が開催しているもので沖縄での開催は、16年前、4回大会以来2度目の開催です。

仲里則男さん 選手宣誓「宣誓!私達は臓器提供により健康を回復することが出来ました。あらためて、臓器を提供した方々へ感謝の気持ちでいっぱいです」

北谷町で開催された大会には、上は83歳から下は2歳までの移植者やその家族、そして臓器提供者、ドナーと、その家族など、国内だけでなく、国外からも合わせ、総勢160名を超える選手が爽やかな汗を流しました。

土曜日早朝、生憎の雨にもかかわらず、ゴルフ競技には4組16人が参加、県内から参加した宮城林さんは、今から24年前に腎臓移植を受けました。

宮城林さん「僕は37歳で(臓器移植を)受けまして(4秒)僕の兄貴からもらいましたので」宮城さんは現在、那覇市内にある医療器具を扱う会社で役員をつとめ、忙しく働いていますが、腎臓を患い、透析治療をしたいた時のことを良く覚えています。

宮城林さん「体がものすごい重かった透析(治療を)している時は」

宮城林さん「いやもう人生バラ色ですよ」「やっぱりね普通の人と同じ生活が出来るというのが良いこと」

この日、宮城さんと一緒にプレーしていたのは腎臓を提供した、兄の守さんでした。

宮城さんの兄、守さん「そんな重い雰囲気、気持ちでもなくて、今考えるとあの時によくやったなと自分でそういうふうに思うんですけど」「そういうふうな事を(腎臓移植を)やったということで今日の楽しいゴルフも出来るし」

大会には県外からも大勢が参加。その中の一人7歳の上田さくらさんは、3年前にアメリカで心臓移植を受けた女の子です。ちょっと恥ずかしがり屋のさくらさんですが、厳しい移植手術を乗り越えて、元気に成長している姿に両親も目を細めています。

25メートル、そして50メートル競争などにも出場したさくらさん。会場には、主治医の福嶌医師の姿もありました。

さくらちゃんの主治医福嶌先生「走ったらダメ。あるいは走ったら命を落とすかも知れないという子ども達が、移植の恩恵にあずかってこうやって走れるようになる。」「嬉しいですね」

さくらちゃん走る!お母さん「50メートル走れるようになったじゃん。さくら)走れるよ」母と完走したあと「気持ちよかった?うん。自分で言って下さい。気持ちよかった!」

きのう、宮城さんは、3キロランにもチャレンジ!那覇マラソンも連続完走するほどの実力を持つ宮城さん、足取りも軽やかに一気に3キロを駆け抜けます。

宮城林さん完走後「走れる喜びを実感できるというのかな。(移植前は)運動も出来なかったので、それが出来るようになったと」

宮城林さん完走「移植を受けた人はこんなに元気なんだというものを皆さんに見ていただいて、一緒に医療を見直していこうということになれば素晴らしい活動になるんじゃないかなと思っていますけど」

二日間にわたって開催された「全国移植者スポーツ大会」臓器医療の光を、体いっぱいで表現した参加者の笑顔と汗は最後は、移植者も提供者も一つの輪になって、次の再会を誓い合っていました。

臓器移植法が改正され、今年7月に法律が施行されました。それによって移植医療への期待が膨らんでいますが、そこにはまだ、多くの課題も残っています。

移植医療の現状と課題については、今度の水曜日に番組でお伝えします。お楽しみに。