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65年前のこの時期、宮古島では戦後の兵器処理が行われていました。宮古島では、米軍の上陸はなかったものの、戦争当初からイギリス軍太平洋艦隊による攻撃を受け、島の至る所が破壊されました。

終戦後の8月26日、アメリカ軍が上陸し宮古島の進駐が始まります。キャノン准将の閲兵を受ける宮古島守備の海軍将兵たち。宮古島にはおよそ2万8700人が守備に当たりましたが、2600人余りが戦死、そのほとんどがマラリアや栄養失調でした。

この映像は、9月24日に撮影された宮古島の様子です。日本軍の武装解除で集められた兵器。無数の爆弾が野積みにされています。こちらは、何もない野原に建てられた収容所のテント。

この後、宮古島は12月8日にアメリカ海兵隊が軍政を施行しますが、これは沖縄本島、八重山と分割された統治で、互いの往来が厳しく制限されました。