「くんじゃんにうやり、ながんにうや〜り、高どぅしろうてぃどぅ、高どぅしろてゅてぃどぅ」
「国立劇場おきなわ」で行われている組踊研修生による稽古の様子です。この日は10月4日に控えた5回目の発表会に向け、最終調整に入っていました。
今回の演目は組踊の始祖、玉城朝薫が作った代表作の一つ「女物狂」。
この物語で、小さな子どもをさらい売り飛ばす「人盗人」の悪役を演じるのが佐辺良和さん(27)。佐辺さんは沖縄舞踊界のホープとして、数多くの舞台を踏む期待の若手の一人です。
佐辺良和さん「小さい頃はやっぱり踊るのが好きというか、踊って、おじいちゃんおばあちゃん達に喜んでもらうのが好きだったんですね」
子どもをさらわれて正気を失う母親を演じるのが、県立芸大に通う金城真次さん(19)。金城さんは3歳の頃から芸能に目覚め、“天才カチャーシー少年”として県内でも多くのイベントに出演してきた有名人です。
宮城能鳳先生「相手が物を言っている時、目線はどこを見るのかというのが一番大事だから、そこを勉強しましょう」
研修生は、宮城能鳳さんなど5人の「人間国宝」から直接指導を受けられるなど、普段では決して有り得ないような講師陣が若手の指導にあたりました。
研修は週4日、1日2時限。大きく立方(演者)と地方(三線・箏・笛・太鼓・胡弓)に分かれて行いますが、三線や琉球舞踊の他に、着付け、作法、また琉球芸能史など、幅広い見識を身につける充実した内容です。
金城真次さん「これ以上の(環境は)ことはないでしょうね。(来年3月に研修が)終わるのも寂しいですし、もっと教わりたいことがあるんですけど」
研修生の成長を見守るのが、国立劇場の大城 学さん。若手の頑張りを良く知る人物です。
大城 学調査養成課長「もともと若衆芸能、若い方々が演じる芸能として作られた組踊。それを彷彿とさせる舞台が展開出来ると思うんです」
しかし、問題もあります。
大城課長「沖縄の芸能界を取り巻く状況というのは非常に厳しいものがある。若手で一生懸命芸に打ち込んでいるんですけど、それだけで生活が成り立つということは、なかなか・・・」
研修生のほとんどは、アルバイトで生計を立てたり、親の援助を受けています。卒業してもこの環境が変わる見込みはありません。
佐辺さんに幼い頃から踊り教えてきた先生も、研修生の卒業後を心配しています。
「世舞会」会主・又吉世子さん「本当は、卒業して3年から5年くらいはね。この子が本当に一人前に、目途がつくまでは面倒見てほしいなという部分は正直ありますね」
金城さんの両親は糸満の鮮魚店で働いています。息子の活躍に目を細め、応援していますが、将来への不安は隠せません。
金城真次さんの母・順子さん「生活していくだけの芸能の仕事というのが・・・不安です」
金城真次さん「みんな好きなんですよ、たぶん。だから(研修生)10人が3年間、一人も辞めずにずっと週に4回も集まって、ついていくわけじゃないですか
佐辺さん「いつか、見ているお客さんに幸せな気分を与えられるような立方になりたいというのが夢なので」
公演当日、大劇場は満員のお客さんで埋まりました。
「女物狂い」あらすじ-人盗人を生業にする男(佐辺良和)が、首里の子どもを盗み逃げる途中、夜がふけ、近くの寺に一夜の宿を借ります。男が眠っているすきに子どもが寺に助けを求め、盗人は捕らわれます。場面変わって、一人息子をさらわれ、悲しみにさまよう母親(金城真次)が登場。しかし、子どもを保護した寺に親子が引き合わされ、正気に戻る。
金城順子さん「(お客さんが)大劇場一杯で皆が観てくれるということは、それだけ関心があるということだから。ちょっと期待が、これから良くなるんじゃないか、いい方向にどんどん向かってくれるんじゃないかと思いますね」
大城課長「若い方々でも、芸能が生業として出来るような体制作りというのは時間がかかりますけれども、少しずつ、こういう積み重ねが大事ではないかと思います」
佐辺さん「今後とも、皆に喜んでもらえるような立方になって、組踊を盛り上げて行きたいと思います」
国立劇場という立派な「箱」は作りましたが、肝心の中身にもっと目を向けるべきです。このまま、この先も舞台に立つ人達の「努力」と「やる気」だけにまかせていては「組踊」に未来は見えてきません。
組踊ファンの拡大はもちろんですが、同じ重要無形文化財の能や歌舞伎といった人気芸能とは、歴史的、経済的な背景も違っていますので、研修から巣立った彼らの将来をどう支援するか、国立劇場設立の使命と力が試されています。第一期生の卒業公演は来年3月です。