少年事件でわが子を亡くした親たちが石垣島で10年ぶりに集会を開きました。その言葉から、改めて少年法の問題点や教育の課題が浮き彫りになりました。そして遺族の10年を見つめます。
先月、石垣島に全国から7組の家族が集まりました。少年にわが子の命を奪われた親たちです。彼らは10年前、「少年犯罪被害当事者の会」を結成。翌年には2組の家族が住む石垣島に集まりました。犯罪被害に遭った人の多くが事件の後、社会から孤立してしまいます。この10年はともに支えあってきました。
富永広美さん「でも10年よくみんな頑張ってきたなって。このみんなで知り合えたから私の10年間は何とかやってこれた」
富永さん夫妻の二男・政貴さんは11年前、同級生ら5人に暴行を受けて死亡しました。当時、事件は不良少年の飲酒の末のケンカだと報じられました。納得できなかった両親は、真相を知りたいと何度も警察に足を運びましたが、そこには大きな壁が立ちはだかっていました。
「人を殺しても万引きをしても、全部同じ少年法の中で簡単にあしらわれる」「保護はするんだけど、罰を与えるためのものじゃない」
少年の保護に重きをおく少年法。警察や裁判所は「少年たちの更正の妨げになる」として、遺族にも加害者の名前や事件の内容、彼らにどんな処分が下されたのかを知らせないことがほとんどです。国が守ってくれる、法律が裁いてくれると信じていた遺族にとって、納得のいかないことばかりでした。
遺族たちは今回、思い出の地・石垣島で、年に1度の総会「WiLL」を開きました。「WiLL」という言葉には「遺言」という意味が。亡くなった子どもたちの無念の思いに耳を傾けてもらいたい、それが目的です。
一井彩子さん「私たちは少年事件の被害者です。みんな加害者は少年法で裁かれています。全く大人と違う法律を使って裁かれています」
田本義光さん「考えれば考えるほど、何をしていいかわからん。警察に行っても教えてくれない。どこに行っても教えてくれない」
菊地名美子さん「少年だから、更生があるから。じゃあ、殺された子どもの命は本当に犬や猫のように扱われて。そういうことに遭わなければ、80年生きたかもしれない、60年生きたかもしれない」
遺族たちの声は、少しずつ社会を動かしてきました。2001年に施行された改正少年法には、事件記録の閲覧を認めることや処分の内容を明らかにすることなどが盛り込まれたのです。
富永さんはこの場であることを報告しました。事件当時、不良仲間と酒を飲んでいたと報じられた息子の政貴さんは、解剖の結果、アルコールは全く検出されていなかったのです。
富永広美さん「法律で人権が守られた加害少年たち。逆に何も悪いことをしていないので、気が弱いということでいじめられ、名前も明かされ、世間の冷ややかな目に晒された政貴。この事件の原因は深夜はいかいでも飲酒でもありません。陰湿ないじめです」
『息子はお酒を飲んでいなかった』。他人にとっては小さな誤解、でも家族にとっては息子の名誉がかかった大切なこと。警察にも裁判所にも相手にされず、両親が苦労して突き止めた真実でした。
7年前息子を亡くした菊地さんは、3歳の二女を連れてきていました。女の子は生命力のある子になってほしいと「いぶき」と名づけられました。
菊地名美子さん「本当に子どもは宝だなと実感しています。普通の生活をするというのは、本当に大変なので。でも、生きていかないといけないんでね、人間は。色々なことを乗り越えて、これからも生きていきたいと思います」
事件以来、「笑う」ことにも「楽しむ」ことにも罪悪感を持ってしまいます。しかし、辛くても笑って生きていくことが、事件に負けないこと、狂わされた人生を元に戻すことだと、10年の月日が教えてくれたのです。
富永広美さん「10年前は本当の被害者でした。10年過ぎてきたとき、みんな普通に戻っているというかね。自分の体験したことを生かして、『大丈夫だよ』と、心の支えとして関わっていきたい」
事件の犠牲となった少年は、事件が起こる以前から暴力やいじめの被害にあうという事実がありながら、防げなかったケースが多いということです。遺族の一人は「子どもたちを被害者にも加害者にしないよう、学校はトラブルを隠さず、家庭や地域と力を合わせて、教育に取り組んでほしい」と話していました。