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シリーズ「悲鳴をあげる土地」です。今回は北谷町の私有地でダイオキシン汚染が発覚した問題を取り上げます。沖縄防衛局は1月末住民説明会を開きましたが、住民の納得のいくものではありませんでした。この問題から見えてくる返還軍用地の課題を考えます。

現場は嘉手納基地に隣接する北谷町の私有地でした。

仲栄真区長「向こうがダイオキシンの現場ですね。すぐフェンスがあって、向こうが基地になっています。」

地元・上勢区の仲栄真区長自身も、自分たちの足元に迫る危険を新聞報道で初めて知ったと語ります。

仲栄真区長「朝刊見て知って、びっくりして役場に問い合わせました。それで役場にどうなっているかねって」

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戦後100パーセントがアメリカ軍に接収されていた北谷町。いまも町面積の53パーセントが軍用地です。問題の土地は、1996年にアメリカ軍から返還されたあと、町が区画整理事業を進め現在の地権者の手に渡っていました。

ところが地権者が住宅建築のためボーリング調査を実施したところ、地中から木片やコンクリート片などの廃棄物が発見されたのです。返還軍用地ということで、防衛局が土壌調査することになり、2カ所ボーリングした結果1カ所から環境基準を上回るダイオキシンが検出されたのです。

北谷町野国昌春町長「北谷町が公園を造るということで、その土地を譲って頂く代わりに、町有地を代替地として提供して。ところがいざ、建設という段階になって、ボーリングしたら異臭がしたという話がありまして。」

自分たちの住む土地がどんなふうに使われていたのか。実は、問題の土地はかつてアメリカ軍のゴミ捨て場だったことが分かっています。しかし返還された1996年当時、ダイオキシンなどの調査は法的に義務づけられていませんでした。

同じ嘉手納基地のフェンス沿いにあり、108本のドラム缶が発見され、ダイオキシン汚染が発覚した沖縄市のサッカー場。今回のケースはサッカー場と同様、土地がきれいにされないまま、返還されていたことを浮き彫りにしています。

また防衛局や県、町の対応についても問題視する声が上がっています。この土地から廃棄物が発見されてからおよそ5年。地域にとっても深刻な問題といえますが昨年末まで住民たちには何も知らされていませんでした。

しかも防衛局は未だに報告書も開示しておらず、周辺の住民に対し、「ダイオキシンによる健康被害のリスクはない」、「汚染の拡大は無い」と強調しているのです。

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防衛局「現在のダイオキシンは地中6メートルにあるので、掘らなければ、健康被害はないと考えておりまして。」

住民からはこんな不安の声が上がりました。

住民の声「ダイオキシンって猛毒でしょ、この時点で大丈夫、被害は無いと言われたって、どうするんですか。我々はそこに孫の時代まで生活するかもしれない、ダイオキシン、汚染物質を枕にして過ごすのかということになる。」「同じような有害物質が発覚して地中にあるから、問題無いとなって。その上に、家を造った事例があるのか?」「ゴミ捨て場で、土地として利用されているケースはありますが、米軍がどう使われていたのか、詳しく調べていたのか、即答できるかわからないですね。」

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区民「(Q聞いて納得されましたか?)全然納得しません。きょう聞いたのは調べた地点だけでの結果で害が無いと言うことしかわかりません。かなり不安が残ります。」

区民「資料見て、不安がさらに多くなった。大きくなった感があって。」

さらに住民からはこんな証言も出ました。

区民「タイヤとか、あんなのは出てきた。物凄く出てきた。過去に米軍がどんなことをしたのか、考えたら普通の廃棄物では片づけられないという思いがしている。

沖縄防衛局は今後、過去の資料などから汚染範囲を特定すること、また周辺住民の不安を払しょくするため、隣接する民家で表層から50センチのところを掘りダイオキシン類の調査をすることにしています。

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しかし今回ダイオキシンが見つかったのは地中およそ6メートルのところ。こうした調査で安全性が担保できるのか、また、すでに建物が建っている場所で汚染が見つかった場合、きちんと対応がなされるのか、足元の不安は募っています。

今回の土地は私有地ということで地権者が国を相手に交渉しなければならず、個人に大きな負担がかかっています。最初に廃棄物が見つかってすでに5年です。県民の納得のいく対応がが求められます。